2023 年 7 月 6 日、中国自動車会社等の 16 社が、中国政府の幹部も立ち会う形で、①異常な価格で市場の公平な競争秩序を乱さない、②誇大な宣伝で消費者に誤解を与えない、③高品質の製品とサービスを提供する、④社会的責任を積極的に果たすと の 4 項目により構成される、「自動車業界の公平な市場秩序の維持の承諾書」に署名したと報じられています 。その後、世論等の批判も受け、値下げ抑制に係る部分は撤回されたとも報じられていますが 、このような動きは、そもそも産業政策上の保護を受けて、中国国内において、電気自動車(以下「EV」といいます)のメーカーが乱立した結果として、中国市場において過当競争 が生じていることが要因ではないかとも考えられます。
この事例が示すように、中国国内で、EV の過剰供給能力が生じている可能性がある中で、米国や EU において、中国製 EV の市場アクセスを制限する動きがあり、今後、当該過剰供給能力を日本市場に振り向けてくる可能性があるため、日本においても、「不公正」な EV 輸入があった場合には、貿易救済措置(アンチ・ダンピング措置やセーフガード措置)の活用を検討していく必要性が増していると考えられます。
そこで、本稿では、これらの世界的な状況を傍観した上で、「不公正」な EV 輸入に対して、貿易救済措置がどのように活用できるかを論じます。
1.中国製 EV に対する欧米の動向
(1) 米国における動向
2022 年 8 月 16 日に米国において成立したインフレ抑制法(Inflation Reduction Act)は、EV の購入者に対する税額控除制度を大幅に改正し、税額控除の要件として、①北米最終組立て要件、②重要鉱物要件及び③バッテリー部品要件の 3 つの地理的要件を課しています。これらの地理的要件は、事実上、EV のサプライチェーンを北米を中心に構築することを目指す仕組みであり、中国製 EV を含めて、北米外で組み立てられた EV は、税額控除の利益を享受することができません。
また、インフレ抑制法は、上記地理的要件に加えて、EV 車両のバッテリーに、「懸念される外国の事業体」(Foreign Entity of Concern)が抽出、処理又はリサイクルした重要鉱物が含まれている場合、及び「懸念される外国の事業体」が製造した又は組み立てた部品が含まれている場合、税額控除の利益を享受することができないとの制限を設けています。「懸念される外国の事業体」(Foreign Entity of Concern)の範囲は、今後公表されるガイダンスで明確化される予定ですが、中国企業や中国国有企業が出資する企業が該当する可能性があります。
インフレ抑制法の詳細は別稿を参照いただくとして 3、上記のとおり、インフレ抑制法は、地理的要件や「懸念される外国の事業体」に関する制限を設けることで、中国製 EV をインフレ抑制法上の税額控除の対象から除外し、米国市場への輸出を、事実上、難しくしています。
(2) EU における動向
EU では、2020 年 12 月 10 日、欧州委員会にて、バッテリーのライフサイクルのあらゆる段階において規律を設けるバッテリー規則改正案 4が提案され、2023 年 6 月 14 日に欧州議会で採択されたことから 、今後、閣僚理事会による承認を経て、年内施行が予定されています。
そこでは、有害物質の含有規制、一定の電池原料(鉱物)についてのサプライチェーン上の社会的・環境的リスクに対する デューデリジェンス義務、カーボンフットプリント申告義務(上限値の導入)、リサイクル材料の含有義務、回収・リサイクルの具体的な収集目標の設定、ラベリング規制、バッテリーバスポート等、車載バッテリーを含む、バッテリーに関する持続可能(サステナブル)で、循環的(サーキュラー)なサプライチェーンの構築を目指した、多岐にわたる規制が設けられています。このような規制 は、直接には、特定国の車載電池や(当該車載電池を搭載した)EV の排除を規定していませんが、EU 域外の車載電池や EV が、かかる要件を満たすのは容易ではなく、中国製 EV の EU 市場への輸出を、事実上、難しくする可能性があります。
また、別の動きとして、一部報道によれば、中国製EV の輸入急増を受けて、欧州委員会の内部で、中国製EV に対する貿易救済措置の調査を開始するか検討がなされており、7 月中に、一定の公表がなされる予定と報じられています 。
上記のとおり、EU においても、中国製 EV の、EU 市場への輸出を、法的に又は事実上、困難にする動向が生じており、かかる動向は、今後も継続すると考えられます。
2. 日本における貿易救済措置の活用
(1) 中国製 EV の輸出攻勢の可能性
中国において、EV の過剰生産能力が存在する中で、中国自動車会社等 16 社の間では、値下げを抑制する合意は撤廃された可能性があるものの、このような試みがなされたことを踏まえ、今後、中国市場内での値下げ競争が事実上抑制され、その分の価格引き下げ余力や販売拡大余力を対外的な輸出に振り向け、輸出攻勢を高めることが懸念されます。かかる状況において、上 記のとおり、米国や EU では、中国製 EV の市場アクセスを制限する方向で規制が進展しており、この流れは中長期的にも継続する可能性が高いと考えられます。また、従来、日本の環境車補助政策は WTO 協定と整合するよう内外無差別的な設計であったこともあいまり、特に日本市場が、中国製 EV の輸出攻勢の対象となる懸念があります。
このような中で、中国製 EV の日本への輸入が「不公正」な輸入である場合、現在 EU において議論されているのと同様、日本企業としては、WTO 協定上認められた対抗手段として、貿易救済措置の活用を検討する必要が高まっていると思われます。そこで、以下では、どのような場合に、貿易救済措置(特にアンチ・ダンピング措置及びセーフガード措置)を活用する余地があるか、解説します 。
(2) アンチ・ダンピング措置
WTO 協定上、各国は、ダンピング輸入(同概念は後述します)が急増することで、国内産業に損害が生じた場合、一定の要件を満たすことを条件に、追加関税を課すことが認められています。この制度はアンチ・ダンピング制度(以下「AD 制度」といいます)と呼ばれ、同制度に基づいて課される追加関税はアンチ・ダンピング関税(以下「AD 関税」といいます)と呼ばれます。
AD 関税を賦課するためには、①ダンピング輸入、②国内産業に対する実質的な損害、③ダンピング輸入と実質的な損害との因果関係を示すことが必要となります。このうち、「ダンピング輸入」(上記①)は、通常の商取引において、調査対象産品の輸出価格が、同種の産品の正常価額(輸出国における同種の産品の国内販売価格等)よりも低い場合に認められます。したがって、単純化すれば、ある企業が、同じ製品を、国内で販売するとともに、X 国に輸出している場合であって、X 国への輸出価格のほうが、国内販売価格より低い場合、X 国でのダンピング輸入が行われていると評価され、当該輸入により、X 国の産業に損害が生じている場合、AD 関税を課すことが認められます。なお、日本の AD 制度では、中国は非市場経済国であることを前提に、輸出国が中国である場合、輸出企業の国内販売価格が市場歪曲されていないことが示されない限り、中国以外の代替国の価格を用 いて正常価格を算定することができ、中国国内の国内販売価格を利用した場合と比較して、より価格差の大きなダンピング輸入が認定される傾向にあります(そのためAD 関税の額も大きくなります)。
したがって、中国製 EV が安値で日本に輸入されることで、日本製 EV の価格が引き下げられたり、市場シェアを奪われることで、国内産業に損害が生じている場合(又はそのおそれがある場合)、AD 関税の賦課が認められることとなります。上記のとおり、中国において EV の過剰供給能力がある一方で、中国国内での値下げ競争が(様々な制約により)制限される中で、中国製EV が海外市場への攻勢を強めた場合、上記の AD 関税の要件を満たす可能性が十分に存在すると思われます。
この AD 制度は、他国では、自動車の輸入に対しても用いられており、米国において、1980 年頃には、米国市場への輸出攻勢を高める日本車に対する AD 関税の賦課が検討されたとの歴史もあります(最終的には発動に至らず)。また、EU では、中国製EV に対する AD 関税の賦課が検討中であることは、上述のとおりです。このような AD 制度は、近時、米国・EU 等の先進国だけでなく、中国・インド等の新興国も、積極的に活用する傾向にあり、日本のEV 産業にとっても、「不公平」な輸入に市場が席巻されることを防ぎ、適切に対抗するための有効な手段となる可能性があります。
(3) セーフガード措置
WTO 協定上、各国は、国内産業に重大な損害等を与える又はそのおそれがある程度に輸入数量が急増した場合、関税の引上げ・輸入数量制限を課すことが認められています。この制度に基づいて課される関税措置や輸入数量制限措置は、セーフガード措置(以下「SG 措置」といいます)と呼ばれます。SG 措置を発動するためには、①予見できない事情の発展により輸入が急増したこと、②国内産業に重大な損害が生じている又は生じるおそれがあること、③急増した輸入と重大な損害の間の因果関係を示す必要があります。SG 措置は、上記要件が示すとおり、特定国の輸入を問題とするのではなく、(原産国を限定しない)輸入一般が急増した場合に、国内産業を保護するために一定の措置を講じることを念頭において、SG 措置の対象も、特定国からの輸入を対象とする AD 関税とは異なり、全ての国からの輸入が対象となります。
SG 措置は、貿易制限効果が大きいことから、発動要件も、AD 関税と比較して厳しく、日本では、過去に 1 件しか発動されていませんが(しかも、同事例も、 短期的な暫定措置で終わっています)、各国は、産業政策として EV 産業に対する支援を強化しており、海外製 EV の急増により、日本の国内産業に重大な損害が生じている場合(又はそのおそれがある場合)、SG 措置についても、選択肢になり得ます。
3. 最後に
各国は、カーボンニュートラルを旗印としながらも、併せて産業育成や経済安全保障上の要請から、自国グリーン産業に対する 産業政策を活発化させており、EV 産業についても、その例外ではありません。このように各国における EV 産業保護政策を受けた EV が、その競争力を活かして外国市場になだれ込む可能性があります。このような動きに対しては、市場での競争を通じて対抗していくことは重要であるものの、それが「不公正」な輸入である場合には、WTO 協定上認められた制度である貿易救済措置を適切に活用して対抗していくことも重要になるものと思われます。
